万葉伝承期(古墳時代後期)の河内湖(草香江)は、縄文海進がおさまり、淀川・大和川水系からの
土砂の堆積によって徐々に縮小し、拡大する河内平野部は難波王権の重要な後背地として発展したた。
なお、桂・宇治・木津川合流点の巨椋(おぐら)池は、諏訪湖を上回るほど巨大なものであったという。