筒城宮と筒木郷       

継体天皇の筒城宮
磐之媛が筒木の地で余生を過ごしてから約100年の後、第26代継体
天皇は、筒木の名を筒城と改め、ここに7年の間宮を置いた。

『日本書紀』によると、継体天皇は応神天皇5世の子孫として、近江国
高嶋郷で生まれたが、幼い時に父を亡くし、母の故郷である越前国で育
てられた後、男大迹王(おおどおう)として越前地方を統治していた。

ところが506年に武烈天皇が後嗣を定めないまま崩御したため、大連(
おおむらじ)の大伴氏や物部氏らが協議し、男大迹王を天皇として抜擢し、
越前にお迎えを出した。

当時、すでに57歳の男大迹王は心中に疑念を抱いて、河内馬飼首(かわ
ちのうまかいのおびと)・荒籠(あらこ)に使いを出して大連らの本意を確か
めさせ、その進言を得て即位を決意、翌507年河内国樟葉宮(くすばの
みや)において即位し、武烈天皇の姉・手白香皇女を皇后とした。
継体天皇が、当初大和には行かず、まず河内の樟葉に宮を置いたのは、
この地が難波津や故郷の近江につながる淀川水系の要所であった上に、
付近で腹心の荒籠が牧場を経営する安心の地であったからだろう。

その4年後の511年、継体天皇は大和に一歩近い筒木に宮を遷したが、
518年、大和から離れた山背の弟国宮(おとくにのみや)へ遷宮している。
その理由は、日本海をにらんで桂川水系を抑えるためと言われるが、大伴
氏と物部氏の確執など、大和情勢を見極めるためだったのかも知れない。

そして、継体天皇が大和に磐余玉穂(いわれのたまほ)宮を築いたのは、
なんと即位19年後の526年、77歳の時である。
 継体天皇は、ここで5年間在位の後、531年に皇子の勾大兄(安閑天皇)
に譲位し、その即位と同日に崩御したといわれている。

継体天皇の陵墓は、大和から程遠い摂津の地の三嶋藍野陵(みしまの
あいののみささぎ)に比定されている。淀川の流れと、即位の地・樟葉を
望むこの地を陵墓としたのは、本人の希望であったのだろうか?


磐之媛の筒木郷
再び100年を遡り、磐之媛が余生を過ごした頃の筒木に戻ってみよう。
筒木は現在の京田辺市の中心部にあり、普賢寺川に沿った、興戸・飯岡・
三山木・普賢寺の村々を合わせて「大筒木郷」と呼んでいたようである。
筒木とは竹の別称で、筒木には竹林が多いことから「竹取物語」伝承の
地としても知られている。

また葛城氏の影響力が及んだ地であり、渡来人の技術者も住み、木津
川や普賢寺川の水運にも恵まれ栄えた地であった。筒木の木津川寄りの
飯岡地区には4世紀から5世紀にかけての中規模古墳が多く残され、当
時の繁栄ぶりを伺い知ることができる。

ところで、紀伊に出かけた磐之媛が高津宮には戻らずに引きこもったとい
う「筒木の宮」とは、実際はこの地に住む奴理能美(ぬりのみ)という女性
の屋敷と推察されている。
奴理能美は磐之媛の乳母であったという説があり、磐之媛が葛城ではな
く、筒木に戻った理由はその辺にあったのかも知れない。

奴理能美は仁徳の時代の百済からの帰化人で、筒木で養蚕と絹織物で
富豪となった。古事記には、奴理能美が自分が飼育していた蚕を、皇后
磐之媛命に献上した時の逸話が記されているという。

奴理能美は飯岡村の普賢寺川沿いに住んでいたらしく、今はその辺り
に「日本初養蚕の地」の記念碑が立っている。

なお、継体天皇の筒城宮の伝承地は同志社大学京田辺学舎の敷地内に
あり、記念碑が建てられている。
図1継体天皇の系譜


図2継体天皇の遷都


 
図3かって筒木郷であった、京田辺市の飯岡・興戸・三山木・普賢寺地区(クリックで拡大)


図4飯岡古墳群のマップ
4世紀末から5世紀、木津川水運関係部族の陵墓とされる


写真2普賢寺川風景(クリックで拡大)


写真3日本初養蚕の地の碑(クリックで拡大)


写真4筒城宮跡の記念碑(クリックで拡大)


参考文献
写真・図面引用先
写真1 車塚古墳:http://web.kyoto-inet.or.jp/org/gakensen/ensensyokai/spot-miyamaki.html 研都市線で行こう
写真2 普賢寺川風景:http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/archives/37559044.html エナガ先生の講義メモ 棚倉神社 京田辺市
写真3 日本初養蚕の地:http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/archives/37559044.html エナガ先生の講義メモ 棚倉神社 京田辺市
写真4 筒城宮跡の記念碑:http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/archives/37559044.html エナガ先生の講義メモ 棚倉神社 京田辺市

図 1 継体天皇の系譜 :https://ja.wikipedia.org/wiki/継体天皇
図 3 かって筒木郷 :Yahooマップ:京田辺市
図 4 飯岡古墳群のマップ :http://murata35.chicappa.jp/kansaitanboki/2000.11/kyotanabe/iiokakohun.htm 飯岡古墳群

継体天皇参考文献
https://ja.wikipedia.org/wiki/継体天皇

http://kyotana.be/object/detail/59/ 京田辺道中記

http://okhome.fc2web.com/inves/keitai/keitai002.html 継体天皇ゆかりの地を訪ねて(2)  葛葉 筒城

筒城・筒木参考文献
http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/archives/37559044.html エナガ先生の講義メモ 棚倉神社 京田辺市

http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/archives/37559034.html エナガ先生の講義メモ 朱智神社の参道A地祇神社(京田辺市・普賢寺)

http://www.eonet.ne.jp/~koizumi/taketori2.htm かぐや姫の里”京田辺

http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/kwch/kanime.htm 北河内古代人物誌

http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/hime/iwanohime.htm 「磐之媛」考


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