2.有間皇子(ありまのみこ) 7世紀後半:紀伊(和歌山県)

      明日香に君臨した舒明天皇が崩御、その子 中大兄皇子による策謀が渦を巻き、有間の皇子に悲劇が訪れる.
     うかつにも蘇我赤兄の策謀にはまった皇子は謀反の罪を問われ、牟婁の湯で静養中の斉明天皇のもとに護送.
     中大兄皇子の厳しい尋問を受けた後、明日香への帰途藤白の坂で処刑された. 時に皇子19歳. その直前詠む二首.
     (一四一)では、またここに帰ってこられたらと神に旅先の無事を祈り、(一四二)では椎の葉で飯を備える.
     ことを神に詫びている.(椎の葉で食事するやるせない望郷のこころを詠ったともいわれる)       

  歌:訳文(通釈は→こちら 原文は→こちら

          ありまのみこ  みづからいたみてまつがえをむすぶ うた
      有馬皇子 自ら傷みて松が枝を結ぶ歌二首

       いはしろ   はままつがえ    ひきむすび   まさきく     
(その1)「磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば またかへり見む」(巻二-141)

       いへ         けにもるいひ   くさまくら たび          しひのはにもる
(その2)「家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る」(巻二-142)





 地図引用先:http://blogs.yahoo.co.jp/teravist/23222237.html お寺参りで歴史の勉強
 (九十九王子が整備されたのは平安時代.有間皇子の時代は道標程度のものであった)