岩代(磐代)の浜       

千里の浜
 熊野古道の紀伊道を南に下って岩代(磐代)まで来ると、突如目の前
が開けて白砂青松の美しい浜辺が現れる。古来、ここから目津崎の間
は岩代の浜、千里の浜と呼ばれ、岩代王子から次の千里王子までは
熊野路唯一の浜づたいの道であった。
 熊野詣での大宮人は、はじめて見る千里の浜辺を喜び、その美しさに
感動したのであろう、伊勢物語や大鏡など、平安時代の多くの文書に
千里の浜の名が出てくる。清少納言も枕草子で「浜は、有度(うど)浜。
長浜。吹上の浜。打出の浜。もろよせの浜。千里の浜、ひろふ思ひや
らる。」と称えている。

 しかし、この千里の浜は元弘元年(1331年)の地震で地形が大きく
変わり、さらに広大な砂浜もその後の侵食で縮小し、海辺の熊野古道
は消滅した。その後熊野路は山側の高みに移され現在に至っている。
 なお、千里の浜はウミガメの産卵地としても知られている。

有間皇子の結び松
 斉明4年(658)、有間皇子は謀反の罪を問われ、牟婁の湯(白浜湯崎
温泉)で静養中の斉明天皇のもとに護送される途次、岩代で松の枝を
引き結んで「磐代の浜松が枝を引き結び真幸くあらばまた還り見む」
と歌を詠み、土地の神に自分の平安無事を祈った。
 その甲斐もなく、皇子は二日後藤白の坂で絞首され、わずか19
歳でこの世を去った。この有間皇子の悲劇は後々多くの人々の同情
と哀悼の気持ちを呼び起こし、岩代の結び松の地は江戸時代に至る
まで紀伊熊野路の名所として人を集めた。
 しかし現在では当時の美しい松林も失せて、国道42号沿いに、
徳富蘇峰の筆による記念碑が寂しく残るのみである。

有間皇子追悼の歌
 岩代の結び松にちなんだ有間皇子追悼の歌は150余の歌集、約200
首に及ぶといわれているが、万葉集巻2にも有名な4首が収められてい
る。いずれも、有間皇子が藤白坂で処刑されて43年後の、大宝元年
(701)、持統上皇・文武(もんむ)天皇の牟婁の温湯行幸に随行した
歌人たちが詠んだものであり、巻二の挽歌の部に、有間皇子の二首に
続ける形で収められている。

  長忌寸奥麻呂(ながのいみきおきまろ)結び松を見て哀しび咽ふ歌二首
「磐代の 崖の松が枝結びけむ 人は反(かへ)りて また見けむかも」
(巻二、143)
「磐代の 野中に立てる結び松 心も解けず 古思ほゆ」 
(巻二、144)

 山上憶良の追和する歌一首
「翼なす あり通ひつつ見らめども 人こそ知らね 松は知るらむ」
(巻二、145)
  意訳:有間皇子の無念の思いは人には解らないだろうが、
その魂が翼を広げて飛び回っている様はこの松が知っているだろう。


   大宝元年(701)辛丑、紀伊国に幸す(いでます)時に、
結び松を見る歌一首 柿本朝臣人麻呂が歌集の中に出ず

「後見むと 君が結べる岩代の 小松が末を また見けむかも」
(巻二、146)
    意訳:後で見ようと結んだ岩代の小松の梢を皇子はまた見たのだろうか。
 いや、見ることもなく死んだであろう皇子が痛ましい。


図1岩代の浜の位置

 
図2岩代千里の浜のマップ(クリックで拡大)

図3江戸期の千里の浜:砂浜は狭くなったが松林が美しい


写真1現在の千里の浜(クリックで拡大)


 
図4江戸期の結びの松風景:茶店も賑わう熊野路の名所


写真2現在の有間皇子結び松記念碑(クリックで拡大)


 
写真3岩代の海:結びの松記念碑付近からの俯瞰(クリックで拡大)


写真6現在の岩代風景:百里の浜を後に南下するJR紀勢線(クリックで拡大)


参考文献
写真・図面引用先
写真1 現在の千里の浜:旧ふきのとうドットコム
写真2 有間皇子結び松記念碑:http://blog.livedoor.jp/coco612/archives/2010-04.html?p=2 古の風に吹かれて
写真3 岩代の海:http://blog.livedoor.jp/coco612/archives/2010-04.html?p=2 古の風に吹かれて
写真4 現在の岩代風景:http://estab.cocolog-nifty.com/bllog/cat54535447/index.html 紀勢西線 梅の南部を行く!

図 1 岩代の浜の位置 :Yahooマップ、和歌山県日高郡みなべ町
図 2 岩代千里の浜のマップ :http://www.aikis.or.jp/~minabe/kumano/midokoro.html みなべ観光協会(合成:Yahooマップ、和歌山県海南市)
図 3 江戸期の千里の浜 :http://myamato.exblog.jp/m2007-02-01/ 紀州よいとこ
図 4 江戸期の結びの松風景 :http://myamato.exblog.jp/4786274/ 紀州よいとこ 岩代の松


参考文献
http://www.hongu.jp/kumanokodo/ 熊野古道|熊野本宮観光協会>

https://ja.wikipedia.org/wiki/九十九王子 (みなべ町) みなべ町内の九十九王子は3社。

http://blogs.yahoo.co.jp/yuuutunarutouha/35687039.html 和歌山県みなべ町 岩代の結松 千里の浜 千里王子跡
https://www.wakayama-kanko.or.jp/marutabi/kikinotabi/kiki/07.html わかやま観光情報 記紀から探す 悲劇の皇子:有間皇子(ありまのみこ)

http://nihonsinwa.com/page/2155.html 斉明天皇(十二)有間皇子の刑死・謀反の異説

https://www.wakayama-kanko.or.jp/marutabi/kikinotabi/kiki/07.html わかやま観光情報 悲劇の皇子:有間皇子

http://yoakegarasu.chitosedori.com/hinomoto/kassen/ka-asu.ari_menu.html 有間皇子の変(ありまのみこのへん)

http://manapedia.jp/text/2780 枕草子 原文全集「島は/浜は/浦は/森は」

http://members3.jcom.home.ne.jp/manyo-fl/photo/A10_5.htm 紀伊の国

http://www.aikis.or.jp/~minabe/midokoro/senrinohama/ 千里の浜|みなべ観光協会


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