3.額田王(ぬかたのおおきみ) 7世紀前半:近江(滋賀県)

    額田王は、斉明・天智・天武・持統の4代の天皇に仕えた才色兼備の宮廷歌人. 皇族または釆女(うねめ)
   であったと思われ、一時、天武天皇の后でとなったとする説もある. 
    歌(八)は、斉明天皇の百済救援ための九州出兵に同行したおり、熟田津(愛媛県道後付近の港)での出陣
    の勇壮な緊迫感を歌う. 
    (二十)は、天智天皇の近江朝全盛期、琵琶湖東岸の蒲生野の宴での戯れの恋歌. 野守の目を気にしながら
    も揺れる女心を詠うが、この歌の当時既に四十歳に近い額田王の、何と艶やかさに満ち溢れていることか.
     なお、程なく天智天皇は病死し、後継争いから壬申の乱が勃発、天智の子大友皇子自害で近江朝は滅亡、
    世は天武・持統時代に推移する.

  歌:原文(訳文は→こちら

                ぎょう(斉明天皇)
      後岡本宮御宇天皇代 額田王歌

       にぎたつ  に  ふなのりせむと   つきまてば  しほも かなひぬ    いまは こぎいでな
   「磐熟田津尓  船乗世武登  月待者 潮毛可奈比沼  今者許藝乞菜」(巻一-8)

        (天智天皇)   がまふの
      天皇遊獵蒲生野時額田王作歌

       あかねさす  むらさきのゆき  しめのゆき  のもりは  みずや    きみがそでふる
   「茜草指  武良前野逝  標野行  野守者不見哉  君之袖布流」(巻一-20)






  古代の瀬戸内海水運 引用先;旧ふきのとうドットコム

  むらさき 引用先;https://ja.wikipedia.org/wiki/ムラサキ