4.大泊皇女(おおくのひめみこ) 7世紀前半:伊勢・大和(三重県・奈良県)
  大泊皇女は天武天皇の子、十三歳で斎宮(いつきのみや、斎王)として伊勢に赴任した.二十五歳の時天武天皇が
 崩御. 政権争いで身の危険を感じた弟の大津皇子が 神のご加護を求めて彼女を訪ねた. (一〇五)一夜を語り明かし
 死を覚悟し夜更け大和に戻って行く弟を見送り、別離の悲しみに立ち尽くす皇女. 成人後最初で最後の再会であった.
 (一六五)斎宮を解任され大和に戻ったのち、刑死した弟を弔う彼女の悲しみ. なお大津皇子は、異母兄弟の草壁
 皇子(持統天皇の嫡男)への謀反を問われ処刑されたのだが、事実は闇の中. 
                    

  歌:訳文(通釈は→こちら 原文は→こちら

        おおつのみこ  ひそ   いせのかむみや   くだ    のぼりくるときに   おほくのひめみこのつくらす     
     大津皇子、竊かに伊勢の神宮に下りて、上り来る時に、大伯皇女の作らす歌二首

        わがせこを  やまとへやると  さよふけて  あかときつゆに  わがたちぬれし
(その1)「我が背子を 大和へ遣ると さ夜ふけて 暁露に 我が立ち濡れし」(巻二-105)

        おおつのみこ かばね かつらぎ ふたかみやま うつしはぶるときに おほくのひめみこ かなし 
     大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬る時に、大来皇女の哀傷みて作らす歌二首

                 ひと   われ   あす       ふたかみやま  いろせ あ
(その1)「うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見む」(巻二-165)









 八重垣神社稲田姫命の絵馬をモデルにした大伯皇女のイメージ:2000,kiyotan


  斎王のイメージ 引用先:明和町斎王博物館