二上山(ふたかみやま、にじょうざん)について

古代の二上山
 奈良県葛城市と大阪府の太子町に跨がる二上山(にじょうざん)は、
万葉の昔「ふたかみやま」と呼ばれていた。大和平野から見ると、真東
にある三輪山と対照的な位置にあることから、その西方に黄泉の国があ
るとされた神聖な山であった。

 二上山は、金剛山地の北部に位置し、北側の雄岳(517m)南側の雌岳
(474m)の二つの峰からなる特徴的な山容の双耳峰である。大和の国か
ら西を望むと、この二つの峰の間に夕陽が沈むことから、二上山は西方
極楽浄土の入口であり、死者の魂がおもむく先であると考えられ、神聖
な山としてあがめられてきた。
 弟の大津皇子が二上山に移葬された時、大伯皇女が「明日よりは、
二上山を弟(いろせ)と我が見む」と歌ったのも、このように二上山が
西方浄土につながる山だと信じていたからであろう。

 一方、古代の大和国と海上交通の要衝である難波津・住吉津は、二上
山の南北を通る二本の官道で直結されていた。一本は、二上山の南麓の
竹内(たけのうち)峠を越える丹比道(通称、竹内街道)であり、もう
一本は二上山北方の田尻峠越える大津道(通称、長尾街道)であって、
いずれも現在の葛城市長尾付近で大和の東西幹線路であった横大路に直
結していた。これらの道は日本最古の官道といわれ、中国大陸や朝鮮
半島から渡来の文物が難波の港から飛鳥の都へ運ばれる重要なルート
であった。なお丹比道には、二上山北麓の穴虫峠越えのバイパス(大坂
道)も設けられていた。

 二上山はまた、古墳の石室や寺院の基壇の材料になる凝灰岩(松香石)
や、研磨剤となる柘榴石の産地でもあった。二上山の北側の春日山付近
の地域では、後期旧石器時代から弥生時代にかけての多量の剥片・砕片
・石核・くさび形石器・敲石類が採集されており、遺構としての採掘坑
も確認され、二上山北麓遺跡群も呼ばれている。


図1二上山の位置(クリックで主要部拡大)


 
写真1万葉人が見た二上山:ふたかみやま夕景(クリックで拡大)


 
写真2 現在の二上山:にじょうざん(クリックで拡大)


 
図2二上山にある大津皇子・二つの墓の位置


 
二上山にある大津皇子の二つの墓

 二上山の雄岳山頂付近には、謀反の罪名で処刑された、大津皇子の墓陵がある。明治9年
(1876)に宮内庁によって治定されたもので、「大津皇子二上山墓」と表示されている。

 しかし、大津皇子の本当の墓は雄岳山東南の尾根にある鳥谷口古墳だと考える人は多い。
大津皇子は天武天皇と大田皇女の間の子で若くして声望が高かったが、天武天皇と大田皇女
の死後は、天武天皇との間に嫡男・草壁皇子を持つ持統天皇(大田皇女の実妹)にうとまれ、
草壁皇子に対する謀反の罪を問われ処刑された。

 この時、大津皇子の遺体がどこに埋葬されたかは不明だが、その後草壁皇子が夭折するに
至り、持統天皇は大津皇子の祟りを恐れ、その遺体を二上山に移葬したといわれる。
 このあたりの事情は、大伯皇女(大来皇女)が弟・大津皇子の死を嘆き悲しんで詠んだ万葉
集(巻二-165/166)の前文に「大津皇子の
屍を葛城の二上山に移し葬る時に、大来皇女の哀傷みて作らす歌二首」と記載されている。
 そして、この移葬場所が鳥谷口古墳とする説は以下の根拠に基づいており説得性がある。
 1. 鳥谷口古墳の墳丘規模が7.6m(唐尺の25尺)で当時の墓制では最低の規模。埋葬施設
も粗悪で、謀反のかどで捕まえられた人物の墳墓に状況的に当てはまる。石槨の規模も成人を
土葬したとは思えない小空間であり改葬墓の可能性が高い。
   2. 遺物が須恵器、土師器だけであるが7世紀後半から末のものと推定され、大津皇子の移
葬時期に一致する。
   3. 古墳の位置が染野(しめの)と呼ばれており、これは古代の標野の名残でこの周辺の
地域は皇室の管理下の土地だった可能性がある。
         4. 現在宮内庁は二上山の頂上に陵墓として祀っているが、万葉時代は丘陵の南斜面に作
られることが多く、山の頂上に造る事はありえず他にも例がない。 
   5. 雄岳頂上の陵墓は幕末の頃のもので古墳かどうか疑問である。
       
写真3二上山頂の大津皇子墓陵(クリックで拡大)


 
写真4 大津皇子の本当の墓といわれる鳥谷口古墳(クリックで拡大)


 
引用参照文献
写真・図面引用先
写真1 万葉人が見た二上山山:http://smcb.jp/digiphoto/59657  趣味人倶楽部 二上山の夕日本
写真2 現在の二上山:http://16174205.at.webry.info/200703/article_32.html  当麻寺への道、妄走紀行
写真3 二上山頂の大津皇子墓:http://minkara.carview.co.jp/userid/157690/spot/204183/  不楽是如何-史跡めぐりドライブ  二上山〔雄岳〕・大津皇子の墓
写真4 大津皇子の本当の墓?鳥谷口古墳:http://blog.goo.ne.jp/fineblue7966/ e/5fdaf61388a68ba1066c5684223a7837 鳥谷口古墳
図 1 二上山の位置 :Google地形図を加工修飾
図 2 二上山にある二つの墓の位置 :Google地形図を加工修飾

本文参照文献

http://s.webry.info/sp/74589594.at.webry.info/200812/article_11.html 鳥谷口古墳

https://ja.wikipedia.org/wiki/二上山

https://ja.wikipedia.org/wiki/當麻寺





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