初代斎王:大伯皇女(おおくのひめみこ)

斎王とは
斎王とは、天皇に代わって伊勢神宮に仕える巫女で、天皇の代替りごと
に未婚の皇族女性の中から、卜定(ぼくじょう)という占いで選ばれ、一定
期間の修行や禊(みそぎ)を受けた後、伊勢の斎宮に派遣され、伊勢神宮
の祭祀(さいし)を司った。
古くは倭姫命(やまとひめのみこと)などが斎王としての名を残している
が、制度が確立したのは天武天皇の時代であり、その初代が大伯皇女で
あった。以後、制度が廃絶される後醍醐天皇までの660年間に60人余り
の斎王の名が残されている。

大伯皇女の生い立ち
大伯皇女は天武天皇と、天智天皇の子である大田皇女との間に生まれ、
同母弟に大津皇子がいた。天武帝のもう一人の妃・う野讚良(うののさら
ら)皇女も大田皇女の同母妹で、天武天皇との間に草薙皇子がいた。
なお、う野皇女は天武天皇の皇后、後の持統天皇である。(系図参照)

大伯皇女の生誕は斉明天皇7年(661)。その名の由来は、筑紫に向かう
天智天皇一行の船が、大伯の海(かつての備前邑久(おく)郡、現在の
瀬戸内市牛窓付近の沿岸)を通過している時に誕生したことによる。

7歳の時、母・大田皇女が死去、その後天武天皇2年(673)13歳の時、
初代斎王の任を受け、一年半、泊瀬(はつせ)の斎宮(いつきのみや)で潔
斎(けっさい)の後、翌674年に伊勢国に下向して斎宮に入り、最愛の弟・
大津皇子とは別世界の人間として生きることになる。

突如の悲劇と終焉
12年後の686年9月天武天皇が崩御、にわかに弟の大津皇子に謀反の
疑いが持ち上がった。大津皇子は密かに伊勢の大伯皇女を訪ね束の間の
再会を果たしたが、大和に戻った直後の10月、謀反人として死を賜った。
皇子の妃・山辺皇女は「髪を振り乱して素足で奔りゆきて殉死し、見るもの
皆すすり泣いた」といわれる。
そして11月、26歳の大伯皇女は斎王の任を解かれ都に帰った。その後
の住まいは不明で、702年に41歳で薨去したとされるが、埋葬地はいまだ
に見つかっていない。

謀反の真相
大津皇子謀反の真相は定かではないが、右掲の系図を眺めていると、や
はり見えて来るものがあるようだ。

天武天皇の皇位継承権は年長の草壁皇子が第一順位であったが、大津
皇子は人格風貌に優れ、天武天皇はその才能と人望を高く評価し政治に
参加させていた。                         
ゆえに草壁皇子の天皇即位を望むう野皇后にとって大津皇子は脅威で
あり、機会があれば排除したいと考えていたに違いない。
そして天武天皇崩御からわずか1ヶ月という電光石火の大津皇子の刑死
には、う野皇后が深く関わっていたと考えられる。

弟への追慕と弔いの歌
いささかの汚れもなく清純に育った大伯皇女には、血を分けた叔母である
う野皇后が惨い謀りごとをするなど、想像すら及ばず、庇護を求め、はるば
る訪ね来た大津皇子をこんこんと諭して都に帰したに違いない。
そして現実を知ったときの彼女の悲嘆と悔悟の念は如何ばかりであった
ろうか。 その後亡くなるまでの15年は、弟への追慕と弔いが全てだった
ことが、大伯皇女が万葉集に残した6首に色濃く反映している。

一方のう野皇后、最愛の草薙皇子の急死に大津皇子の怨念を感じたの
か、その遺体を二上山に再葬している。(別項:二上山参照)

大伯皇女の母の墓
2010年、奈良牽牛子塚古墳の再発掘調査の折、驚くべき二つの発見
があった。第一に牽牛子塚古墳が天智天皇や天武天皇の陵墓と相似の八
角古墳であること、第二に牽牛子塚古墳に接した、まさに日本書紀の記述
通りの位置に埋葬施設が発見されたのである。このことから、牽牛子塚古墳
が斉明天皇の陵墓であり、新たに越塚御門古墳と名付けられた埋葬施設が
大田皇女の墓であることが学問的に確定した。もっとも宮内庁は、従来の越
智岡上陵が斉明天皇陵であるとしているが、それが八角古墳なのかどうか
などの情報を公開していない。

大伯皇女の墓はいずこに?
 ところで日本書紀は、天智天皇が母の斉明天皇と、その子で自身の妃で
あった間人皇女を一緒にに埋葬し、自身の愛娘で斉明天皇にも愛された
大田皇女を近くに埋葬したと記述しているが、なぜか大田皇女の人となり
については多くを語らず、大津皇子と姉の大伯皇女の子供<2人を残して
亡くなったことを淡々と伝えるのみである。

これで最愛の母と弟の墓がどこにあるのかが確定したことになるが、
大伯皇女自身はいったいどこに眠っているのだろうか?
一説には大田皇女が父天智天皇の冥福を祈願して建立した名張市の
夏見廃寺で晩年を過ごし、死後この寺のどこかに埋葬されたとする説もある
が、事実のほどは定かではない。
図1 大伯皇女のイメージ(クリックで拡大)
:八重垣神社稲田姫絵馬をベース

写真1 稲田姫命の絵馬(クリックで拡大)
:出雲八重垣神社奉納絵馬

写真2 大津皇子坐像(クリックで拡大)
:薬師寺蔵/国宝

図2 斎王群行の図(クリックで拡大)

写真3 斎王の再現模型(クリックで拡大)

写真4 かっての大伯海:瀬戸内市牛窓付近(クリックで拡大)

図3 大伯海の位置(クリックで拡大)

図4 持統天皇を中心に置いた系図(クリックで拡大)

写真5 持統天皇肖像(クリックで拡大)
:小倉遊亀画/薬師寺蔵

写真6 天武天皇肖像(クリックで拡大)
:小倉遊亀画/薬師寺蔵

図5(写真7) 2010年に発掘調査された越塚御門古墳(クリックで拡大)

図6 二つある斉明天皇墓陵:従って大田皇女の墓も二つ(クリックで拡大)

引用参照文献
写真・図面引用先
写真1 稲田姫命の絵馬:http://tencoo.fc2web.com/jinja/xyaegaki.htm 八重垣神社(やえがき じんじゃ)
写真2 大津皇子坐像:http://alexi.rssing.com/chan-2091530/all_p83.html 仮想旅へ
写真3 斎王の再現模型山:斎宮歴史博物館展示
写真4 かっての大伯海:瀬戸内市牛窓付近:http://www013.upp.so-net.ne.jp/mayalibrary/niki/niki101.htm 元伊勢紀行  大伯皇女の旧跡を訪ねて
写真5 持統天皇肖像:http://ameblo.jp/elephant-dogfight/entry-11634809462.html タクヤNote
写真6 天武天皇肖像:http://ameblo.jp/elephant-dogfight/entry-11634809462.html タクヤNote
写真7 越塚御門古墳:明日香村教育委員会「越塚御門古墳」
図 1 大伯皇女のイメージ :八重垣神社稲田姫絵馬をベースにした作画
図 2 斎王群行の図 :http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/2009_11_18.htm 「斎王と斎宮の歴史を語る」斎宮歴史博物館
図 3 大伯海の位 :Yahooマップを加工修飾
図 4 持統天皇中心の系図 :http://shoki.vivian.jp/ooku/koi-top.htm 孤悲-小説・異聞 大伯皇女(追加修正)
図 5 越塚御門古墳 :明日香村教育委員会資料
図 6 二つある斉明天皇墓陵 :Yahooマップを加工修飾

本文参照文献

http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/hime/ooku.htm 太田皇女考

http://ja.wikipedia.org/wiki/大来皇女

http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/2009_11_18.htm 斎宮の歴史を語る斎宮歴史博物館

http://barakan1.exblog.jp/11708838 長生きも芸のうち日記 明日香村 牽牛子古墳見学

http://kayanokiyama.at.webry.info/201012/article_11.html 大田皇女の陵 現地見学会

http://ja.wikipedia.org/wiki/斎王

http://kotobank.jp/word/大伯皇女 大伯皇女 【おおくのひめみこ】 日日本歴史人物事典の解説

http://www.saiounomiya.com/saiou.html 斎王とは

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/arekore/detail.asp?record=6 歴史の情報蔵 - 三重の文化 斎王大伯皇女と弟大津皇子

http://www.harusan1925.net/1211.html 八重垣神社壁画

http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/hime/ooku.htm 古代史の中の姫君たち:大伯皇女

http://www013.upp.so-net.ne.jp/mayalibrary/niki/niki101.htm 元伊勢紀行       大伯皇女の旧跡を訪ねて

http://www.saiounomiya.com/location_2.html 斎王群行めぐり

http://blog.goo.ne.jp/chiku39/e/3c04be2e9441857a4345a2df5ab53ef5
CHIKU-CHANの神戸・岩国情報 奈良県立橿原考古学研究所 土曜講座 「牽牛子塚古墳外周部の調査」 on 2016-8-6

http://www.bell.jp/pancho/k_diary-4/2010_1212.htm 橿原日記 平成22年12月12日

http://www013.upp.so-net.ne.jp/mayalibrary/niki/niki101.htm 元伊勢紀行  大伯皇女の旧跡を訪ねて




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