8.山上憶良(やまのうえのおくら)7〜8世紀:筑前・太宰府(福岡県)
  憶良の出生については、大和国添上郡山辺郷の出身、百済の帰化人の子という2説があるが いずれにせ
 よ学識と人間愛が豊かな人という. 皇室の教育担当職などを経て晩年筑前の守となり 太宰府に下向. 在任中
 、太宰府長官に赴任してきた大伴旅人と、いわゆる筑紫歌壇を形成、憶良の歌の多くが この太宰府時代に
 詠まれた. (八〇三)は筑前期に詠んだ有名な子を偲ぶ歌の反歌。(一五三八)は「秋の野に咲きたる花
 を指(および)折りかき数うれば七種(くさ)の花(一五三七)」と対の旋頭歌(577-577文字).   

  歌:原文(訳文は→こちら

           こらをおもふ うた
       思子等歌 一首

       しろかねも くがねもたまも   なに せむに    まされる  たから    こに  しかめやも  
 (返歌)「銀母  金母玉母  奈尓世武尓  麻佐礼留多可良  古尓斯迦米夜母」(巻五-803)

        やまのうえのおみおくら あきののはなをよめるうた 
     山上臣憶良詠 秋野花 歌  二首 

         はぎのはな おばなくずはな なでしこがはな をみなへし またふぢばかま あさがほのはな
 (その2)「茅之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又 藤袴 朝皃之花」(巻八-1538)







   古代の九州官道と駅   引用先:旧ふきのとうドットコム