10. 山部赤人(やまべのあかひと) 7世紀後半:田子の浦(静岡県)/若の浦(和歌山県)
  赤人は平城京遷都(710)後の万葉第三期の宮廷歌人. 長歌の(柿本)人麻呂に対し 短歌の赤人と称される.
 その不滅の抒景歌二首.(三一八)は東国旅行、駿河さった峠からの雄大な富士の姿を感動的に捉えた富士賛歌.
 (九一九)は聖武天皇の紀州行幸に同行した折の歌. 潮が満ち始めた干潟、葦が生い茂る岸辺に渡る鳥の群れの
 様子を絵画的に描写. 引き潮での類似の情景を詠った武市黒人の歌と対照的である. とは言え、富士山周辺の
 自然が破壊され、若の浦が消滅した今は、赤人の歌の中に往年の美しい景観を偲ぶのみである.        

  歌:訳文(通釈は→こちら 原文は→こちら)  [富士を望む歌の長歌:訳文は→こちら

           やまべのすくねあかひと 
       山部宿禰赤人、富士の山を望む歌一首并せて短歌(反歌)

        たご                                 たかね    
    「田子の浦ゆ うち出でて見れ 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける」(巻三-318)

           じんき    かふし                        いでま    やまべのすくねあかひと
       神亀元年甲子の冬の十月の五日に、紀伊の国に幸す時に、山部宿禰赤人が作る歌(反歌二首)

                しほみち       かた      あしへ        たづ  
 (その2)「若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る」(巻六-919)






 真白にぞ 引用先:http://blog.goo.ne.jp/koganei222/c/3fed6754af2373b6ad67d51b94510926



 古代若の浦地形 引用先:http://h-nakazato.at.webry.info/201105/article_15.html