田子の浦の富士

右の写真は、静岡県富士市の「田子の浦みなと公園」にある山部赤人万葉歌碑である。
赤人のあの富士賛歌の長歌と反歌が複数の石碑に刻まれ、それらが富士山の形になるよ
うに配列されているのである。

ここは、現代の田子の浦の中心位置、歌碑の背景には秀麗な富士山が望め、振り返れば
紺碧の太平洋が見晴らせる絶好の環境、紛れもなくここで赤人が富士の歌を詠んだかの
ような錯覚を覚えてしまう。しかし、そのような根拠や伝承があるわけではない。「田子の
浦」という地名にちなんで、昭和61年、みなと公園の整備が進められ、その一環として
万葉歌碑が建立されたに過ぎない。

そもそも、この地が「田子の浦」と呼ばれるようになったのは近世以降のことである。中世
以前、少なくとも万葉の頃は、もっと西方の興津(息津)から由比、蒲原に至る、山あいが
海に迫った一帯が「田子の浦」と呼ばれていた。そして赤人が富士を歌った地は、由比に
近い「さった峠」とされている。

とは言え、現在の田子の浦から望む富士の姿は雄大で美しい。その姿は葛飾北斎の富岳
三十六景「東海道江尻田子の浦略図」にも印象的に映し出されている。この絵のタイトルに
ある「江尻」は現在の静岡市清水に当たる。おそらく北斎は富士の裾野の描写に駿河湾全
体の風物を網羅することで富士山の雄大さを表そうとしたのではないだろうか?



                     
写真1田子の浦みなと公園の赤人歌碑(クリックで拡大)
図1田子の浦ミクロマップ(クリックでマクロマップ表示)
写真2田子の港と富士山(クリックで拡大)
写真3みなと公園からの富士:山裾が見えないと日本一かも(クリックで拡大)
図2葛飾北斎「富嶽三十六景」東海道江尻田子の浦略図(クリックで拡大示)
引用参照文献
写真・図面引用先

写真 1 田子の浦みなと公園の赤人歌碑:http://blowinthewind.net/manyo/manyo-tago.htm 万葉の旅 田子の浦
写真 2 田子の港と富士山:http://irodori-omoide.blog.jp/?p=60 彩り思い出 山部赤人万葉歌碑

写真 3 みなと公園からの富士:http://blowinthewind.net/manyo/manyo-tago.htm 万葉の旅 田子の浦

図 1 田子の浦ミクロマップ(マクロマップ):Google地形マップ加工及び一部追記
図 2 葛飾北斎「東海道江尻田子の浦略図」:https://ja.wikipedia.org/wiki/富嶽三十六景

本文参照文献

https://ja.wikipedia.org/wiki/田子の浦

http://www.fujinokuni-viewtea.jp/map/kamakurakodo.html 鎌倉古道

kotobank.jp/word/田子の浦-319894 〔静岡県〕田子の浦(たごのうら)


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