若の浦(和歌浦)について

 若の浦(和歌浦)は、万葉集に13首の歌が残されたほどの風光明媚の地で、近世においても天橋立
に比肩される景勝地であった。しかし、近現代において湾内の干潟が埋立てられ、著しく地形が変貌した
ため往時の面影はほとんど見られない。辛うじて雑賀崎の先端と周辺の小島だけが原型を留めており
瀬戸内海国立公園の特別地域に指定されているのみである。
   万葉の時代、和歌浦で最も著名な景勝は玉津島であった。島山が恰も玉のように海中に点在し、
潮の干満で陸と続いたり離れたりする景観を呈し、その美しい姿が神聖視され玉津島神社が設けら
れた。 
   また、玉津島の西側に発達した砂嘴、片男波は、現在よりずっと内側に入り込んでいて、赤人の歌の
通り葦などの水生植物が生い茂る湿地帯であった。
 しかし、今ではこれらの殆どが埋め立ててコンクリートで固められ住宅などが立ち並び、往年の面影は
殆どない。ただ。玉津島の一つである妹背山のみが島の形で残り、往時を偲ぶよすがになっている。
 なお「片男波」は、赤人の歌にある「潟をなみ」にちなんで名付けられたという。

                          
図1紀伊の国・若の浦の位置マップ(クリックで若の浦周辺拡大)
写真1若の浦(和歌浦)の現状を俯瞰(クリックで拡大)
写真2雑賀崎の現状:護岸工事などで変貌、岬西方の小島のみ当時を伝える(クリックで拡大)
写真3妹背山:かっての玉津島のうち唯一島の形を残す(クリックで拡大)
図2安藤広重:紀伊・和歌の浦(クリックで拡大)
引用参照文献
写真・図面引用先

写真 1 和歌の浦の現状を俯瞰:http://o-shige3.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html 徒然なるままに地元の『温故創新』を訪ね歩る記 和歌浦の全景写真
写真 2 雑賀崎の現状:http://saikazaki.net/?c=about 雑賀崎とは

写真 3 妹背山:http://www.kinokuni-sanka.jp/modules/landscape/index.php?lid=191 きのくに風景賛歌

図 1 若の浦の位置マップ:Google地形マップと旧ふきのとうドットコム引用図面の複合
図 2 安藤広重:紀伊・和歌浦:https://ja.wikipedia.org/wiki/和歌浦

本文参照文献

https://ja.wikipedia.org/wiki/和歌浦

http://h-nakazato.at.webry.info/201105/article_15.html 隅田川のほとり

https://ja.wikipedia.org/wiki/玉津島神社

http://www.enyatotto.com/fieldnote/wakayama/wakaura/field101.htm 万葉時代の和歌浦

http://19339360.at.webry.info/201203/article_3.html 和歌川河口周辺を歩きながら http://www.enyatotto.com/fieldnote/wakayama/wakaura/field101.htm 万葉時代の和歌浦 http://19339360.at.webry.info/201203/article_3.html 和歌川河口周辺を歩きながら http://h-nakazato.at.webry.info/201105/article_15.html 隅田川のほとり 中世の和歌浦:http://www.chuokai-wakayama.or.jp/wadensho/kinokunisansaku/kinokunisansaku-2.htm きのくに散策 現在の和歌浦:http://www7b.biglobe.ne.jp/<波形>iichirou/wakayamasi-tizu.html 和歌山市地図 安藤広重画「和歌の浦」:http://www42.tok2.com/home/toyotane/hirosige.html


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