東歌について

『万葉集』巻14には「東歌」が230首収められている。
すべてが短歌形式であり、その多くは方言が使われ、
祭りの集いなどで楽しまれた歌謡であるという。

東歌とは東国、つまり信濃国や遠江国以東で詠わ
れた歌ことで、駿河や陸奥の歌も含まれるが、大部分
は関東各地の歌である。

230首の東歌のうち、地名がほぼ特定できる116首を
国別に分類すると、一番多いのが上野(28)で、ついで
常陸(21)、相模(16)、駿河(11)、武蔵(10)となる。

さらに巻20にある防人の歌などを加えると、一番多い
のが常陸(48)、次いで駿河(39)、上野(32)、相模
(26)、武蔵(24)の順序である。

常陸国(茨城県)では、特に筑波山関連の歌が全巻で
22首と多く、筑波山は、大和の海石榴市(つばいち)と
並ぶ歌垣(かがい)の場として知られ、春秋には近郷
から多くの男女が集い、農事予祝・歌舞・求愛などの
行事や活動が行なわれていたという。

以上、http://www.geocities.jp/azumauta.html
astpa693/「万葉集東歌」考より引用

注1)海石榴市:桜井市の三輪山南西で開かれていた古代の市
注2)歌垣(かがい、うたがき):特定の日時に若い男女が集まり、
相互に求愛の歌謡を掛け合う呪的信仰に立つ習俗
注3)筑波山の歌を一つ.

筑波嶺(つくはね)に、
雪かも降らる、否(いな)をかも、
愛(いと)しき子ろが、布(にの)乾さるかも
(14-3351)