布勢の水海(ふせのみずうみ)

 富山県氷見市の西南、仏生寺川に沿って広がる氷見平野は、その昔「布勢の水海」と呼ばれる
風光明媚な湖であった。越中国府(現、高岡市伏木町)から比較的近いこともあり、四季を通じて多
くの人が訪れ湖水の美しさを楽しんだという。
中でも「布勢湖八勝」とも呼ばれた、多胡の浦や藤波、大浦(耳浦)や垂姫崎、布勢の円山、などが
景勝地として有名で、万葉集に多くの歌が残されている。

家持も布勢の水海をこよなく愛し、毎年のように周遊に訪れ、
「藤波の 影なす海の 底清み 沈く(しづく)石をも 玉とぞ我(あ)が見る」(19-4199)
などの歌を残し、国司の任期の終わる前年には「布勢水海に遊覧する賦」をまとめ、長歌の中で、
国府から馬で松田江の長浜を北上し布勢の海口に至って船遊びを楽しむ様子を描き、反歌では、
「布勢の海の 沖つ白波 あり通(が)よひ いや年のはに 見つつ偲ばむ」(17−3992)
と、絶え間のない沖の白波のように毎年通って味わいたいと歌っている。

このように美しかった布勢の水海も、平安時代になると仏生寺川の上流地帯から次第に水が引き
始め、鎌倉時代後期からの干拓が江戸時代には一層進んで湖面が十二町村の範囲にまで狭まって、
「十二町潟」の名前が使われるようになった。

そして島であった布勢の円山も文字通り小山に変貌してしまったが、それでも周囲は湿田のまま
で美しかったので、松尾芭蕉など多くの文人や才人が昔を偲んで訪れていたという。今は人家や
田畑のみの変哲もない平地と化し、地元の人でさえ布勢の水海を全く知らないという。
図1布勢の水海ミクロマップ(クリックでマクロマップ)
写真1イメージ写真「万葉時代の布勢の水海」(クリックで拡大)
図2原在中(はらざいちゅう)筆:布勢湖八勝高岡市勝興寺蔵(クリックで拡大)
写真2円山山頂からの眺望:ここが湖であったとは!(クリックで拡大)
写真3わずかに布勢水海の面影を残す十二町潟水郷公園(クリックで拡大)
引用参照文献
写真・図面引用先

写真 1 万葉時代の布勢の水海:旧ふきのとうドットコム
写真 2 円山山頂からの眺望:http://4travel.jp/travelogue/10474296 越中ブラリ旅

写真 3 十二町潟水郷公園:氷見市空き家情報バンク_space/atama_03.gif" BORDER="0" HSPACE="0">
図 1 布勢の水海ミクロマップ:Google地形マップと旧ふきのとうドットコム引用図面の複合
図 2 原在中:布勢湖八勝:http://barakan1.exblog.jp/11525207/ 長生きも芸のうち日記 富山・石川万葉故地探訪1

本文参照文献

富山県高岡市と氷見市、万葉集と洞窟その II

http://achikochitazusaete.web.fc2.com/manyoukochi/toyama/huseumi.html 万葉の旅 布勢の海

http://www5c.biglobe.ne.jp/~G5hw-sD9/fusemizuumi.htm 布勢の水海を訪ねて - Biglobe

http://4travel.jp/travelogue/10474296 越中ブラリ旅

http://toyamanoteiou.blog102.fc2.com/blog-entry-128.html 富山県民話財団


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